◆発信者情報開示

《 個人の権利侵害とプロバイダ責任 》

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◆発信者情報開示

 これまでプロバイダ等の責任について述べてきたが、権利侵害情報の法的責任を本来負うべきなのは当該情報の発信者であり、被害者は発信者の責任を追及するのが筋であろう。しかし、インターネットには完全な匿名性がないとはいえ、一般人にとっては発信者の身元を確認することが困難なことが多い。プロバイダ等は通信の秘密あるいはプライバシーの保護を理由に、任意には発信者を特定するための情報(発信者情報)を開示しないことが通常であるからである。このような場合、発信者不詳のまま民事訴訟を提起し、訴訟手続の中で発信者を特定することができればよいが、日本の民事訴訟法は訴えの時点で被告(発信者)を特定する必要がある。

 こうした状況を前提に、プロバイダ責任制限法4条は、発信者情報の開示請求権を定めた。それによれば、次の二つの要件を充たす場合、権利侵害情報の被害者は、プロバイダ等に対して発信者情報の開示を請求することができる。開示請求は、訴訟によって行ってもよいし、訴訟によらなくてもよい(プロバイダ等が拒否した場合は訴訟によることになる)。

  • ① 権利侵害情報によって開示請求者の権利が侵害されたことが明らかであること(権利侵害の明白性)。
  • ② 発信者情報の開示を受けるべき正当な理由があること(正当理由)。

 まず、①について、権利侵害の明白性はどのような場合に認められるのだろうか。この点については、例えば、名誉毀損を考えた場合、「他人の権利が不当に侵害されている」といえるためには、単に社会的評価を低下させるような情報発信があっただけではなく、その情報に公共性や公益目的がなく、または真実ではないなどの事情があって初めて権利侵害の明白性が認められる。この権利侵害の明白性は、原則として開示請求者(被害者)が証明しなければならないが、それでは開示請求者の負担が重すぎて被害者救済に欠けるという批判もある。

 ②の正当理由については、損害賠償請求、謝罪広告等の名誉回復措置の請求、差止請求、削除請求といった措置をとるためといった理由が典型的である。

 プロバイダ等が開示請求を受けた場合、当該権利侵害情報の発信者と連絡が取れない場合などを除き、開示するかどうかについて発信者の意見を聞かなければならない。発信者の表現の自由やプライバシーの保護のためであるが、プロバイダ等が権利侵害の明白性があるか否か確認するためにも必要である。

 開示請求を受けたプロバイダ等がこれら二つの要件を充たしていると判断した場合、あるいは裁判所により要件を充たしているとして開示を命じられた場合、開示に応じなければならない。この場合、発信者情報の具体的な内容としては、氏名・名称、住所、メールアドレスに加え、IPアドレス、携帯電話端末等の利用者ID、携帯電話端末等のSIMカードのID、これらのタイムスタンプ、ポート番号、電話番号である。

 ところで、従来は、法律上、権利侵害情報そのものの発信者情報の開示のみが認められることとなっていたが、2021年のプロバイダ責任制限法改正により、ログイン時あるいはログアウト時の通信記録の開示も一定の要件のもとで認められるようになった。これは、かつて主流であった電子掲示板などとは異なり、今日のSNSはアカウントを作成したうえでログインして利用するものが中心であることに対応する改正である。

 なお、発信者情報の開示がされた場合、開示を受けた請求者は、これを不当な目的に用いてはならない(4条3項)。不当な目的による行為とは、発信者情報をネット上に“晒す”ようなものが典型的である。

 逆に、プロバイダ等が開示請求に応じなかった場合、それにより開示請求者に損害が生じた場合であっても、故意または重過失がなければ損害賠償責任は負わない(4条4項)。この規定により、プロバイダ等は、判断に迷った場合には開示を拒否することになり、発信者のプライバシーが保護されることになる。

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