《 個人の権利侵害とプロバイダ責任 》 ◆プロバイダの責任とは
§ プロバイダの法的責任の根拠
これらのプロバイダ等の法的責任のうち、本章では、個人の権利侵害があった場合について検討する。プロバイダ等は情報の媒介者であるから、プロバイダ等自身が権利侵害情報を発信したわけではない。そこでまず、なぜプロバイダ等が他人の発信した情報について法的責任を負わなければならないのかが問題となる。
法的責任にも様々な種類があるが、説明の単純化のため、HSPが自ら管理するサーバー上に開設された電子掲示板等に他人の名誉を毀損する誹謗中傷が書き込まれた場合に、プロバイダ等の削除義務や民事の損害賠償責任(民法709条)が追求されるという例を念頭に考えてみたい。
この場合、まず、名誉を毀損された者は、プロバイダ等は権利を違法に侵害する書き込みを削除すべき義務(これを「作為義務」という)があるのでそれを果たして削除を行うこと、あるいはそれを果たさなかったこと(これを「不作為」という)を理由として損害賠償を請求することになる。しかし、ここで問題となるのは、なぜプロバイダ等は権利侵害情報を削除する作為義務があるのかということである。例えば、同じ情報の媒介者でも、郵便会社や電報会社は、仮に受信者に対する脅迫状が送られていることを知っていたとしてもそれを差し止める義務はないばかりか、差し止めることは通信の秘密の侵害として、かえって発信者から責任を問われることになる。
この点については、裁判所は一定の場合に「条理」(ものごとの筋道という意味)に基づいて作為義務が発生すると判断してきている(最初期の事件としてニフティサーブ事件(東京高判2001年9月5日判時1786号80頁))。そして、どのような場合に作為義務が発生するかについては、プロバイダ等がその権利侵害を知っていたこと(あるいは知ることが可能であったこと)を前提に、以下のような要素が考慮されている。
① 非難すべき先行行為。プロバイダ等(基本的にはHSPというよりは掲示板管理者のことが多い)が匿名性を宣伝するなどして権利侵害情報が発信されることに間接的に関与していることなどである。
② 作為(削除)可能性。プロバイダ等が問題の権利侵害情報を削除できる権限を持っていることなどである。
③ 排他的支配性。プロバイダ等に作為義務を認めなければ被害者の救済ができないことなどである。
④ 権利侵害の態様・程度。
ただ、どの要素をどの程度重視して判断するかは判決ごとに様々であり、明確で一義的な基準はないのが現状である。
他方、その後は、人格権に基づく削除請求権に対応する削除義務であるとする端的な説明もなされている。
いずれにせよ、プロバイダ等の作為義務を幅広く認めれば、被害者の救済には役に立つが、難しいのは、その場合、プロバイダ等は常時書込みを監視し、権利侵害のおそれがあるものを片端から削除することになりかねないことである。このようなことがあれば、ネット上における表現の自由の幅がプロバイダ等によって狭められてしまい、妥当ではない。
以上が、権利侵害情報を削除しないことによって被害者からプロバイダ等の責任が追及される場合であるが、逆に、正当な書込みを権利侵害だと誤って削除したことによって発信者から法的責任を追及される場合もありうる。
このように、プロバイダ等は発信者と被害者の間で板挟み状態になるのである。発信者の表現の自由を確保しつつ、プロバイダ等の判断の負担を軽減するためには、各国で特別な法律が制定されている。日本でも、2001年に次に見るプロバイダ責任制限法が制定されている。